header image

最終講義
「CERNと20年福島と6年 - 311号室を去るにあたって」

2017年3月15日 16:00-17:30 東京大学理学部1号館 小柴ホール。 一般の方々の来聴も歓迎します


最終講義の梗概

311号室。これは東京大学理学部1号館にある私のオフィスの部屋番号です。

2011年3月11日に起きた東日本大震災と福島第一原子力発電所事故は、私の人生と、研究者としてのキャリアも大きく変えました。オフィスの部屋番号が311であるのは全くの偶然とは言え、運命のようなものを感じます。

この20年間、私はジュネーブのCERN研究所でASACUSA(アサクサ)という名前の国際研究チームを率いてきました。反物質の研究、特に反陽子ヘリウム原子のレーザー分光という方法を用いた、物質と反物質の対称性の研究です。このように世界中で自分たちしかやっていない研究を進め、成果を上げることは、研究者の本懐です。一方、「ただちに役に立つわけではない」研究を進めるため、毎年毎年、少なからぬ研究費を国からいただいていることについては、(良い成果を出せば、意義は理解していただけると思ってはいても)一抹の申し訳なさも感じていました。

2011年の3月11日の東日本大震災と、未曾有の福島第一原子力発電所の事故直後から、私のtwitterへの投稿が多くの方々の目にとまり、一瞬にしてフォロワー数が10数万人になりました。思いもかけず注目を集めたことが契機となり、これまで私の研究を支えて下さった納税者の方々に、今こそ何か貢献せねばと、考えるようになりました。

それ以来、東大での講義とジュネーブでの研究に加え、福島に足繁く通い、住民の内部被ばく及び外部被ばくの調査を行ってきました。他に誰もやっていないことで私にできることは何か、という研究者としての視点からの取り組みです。

得られた結果は論文として世界に公表するとともに、福島に役立てることを続けてきました。福島の給食の放射能検査、ホールボディカウンターによる内部被ばく検査、乳幼児専用の内部被ばく検査装置「BABYSCAN」の開発とそれを用いた測定、電子式個人線量計D-shuttleによる世界の高校生の外部線量比較などです。結果として、福島での被ばくは、当初懸念されていたよりもはるかに低く、今や、避難区域外では、事故の影響を受けていない世界の各地と違いがないことが示されました。関連論文のダウンロード数は通算15万回以上となり、最近ではその分野の国際会議等への出席が物理分野よりも多くなりました。

これらの活動は、東大基金を通じて私に寄付金をお送り下さった、多くの方々によって支えられたことを、ここであらためてお礼を申し上げます。

311号室を去った後は、福島への取り組みもCERNでの研究も、徐々に若い世代に引き継いでいきます。私の次の任務は、2022年に日本で開催される国際物理オリンピック。出題委員長として、世界の若いチャレンジャーに向き合うことです。